複言語のすすめ

ベラルーシのラテン語文学とヨーロッパバイソン

越野 剛(文学部, ロシア語)

 イタリア、フランス、ドイツなどヨーロッパ各地の文学史の多くは、ラテン語の作品(ネオ・ラテン文学)から次第に地域固有の言語による「国民文学」に変化していくプロセスを含んでいます。言語文化と政治的な境界線が複雑に入り組んでいる中東欧にもラテン語で書いた詩人はいましたが、現在からさかのぼって彼らがどの国の文学史に位置づけられるのかは必ずしも明確ではありません。 ベラルーシではニコラウス・フッソウィアヌスの『バイソンの歌』(1523年)がルネッサンス期を代表する作品としてよく知られています。野生の牛の仲間であるバイソンはラスコーの洞窟壁画で知られているようにかつてはヨーロッパ全土に生息していましたが、自然環境の変化に伴い、現在のポーランド東部、ベラルーシ、リトアニアの森林地帯にしか姿が見られなくなるほど個体数が激減しました。フッソウィアヌスは当時のローマ法王で狩猟好きで知られたレオ10世に故郷の珍しい動物を紹介するという体裁で『バイソンの歌』を書いたのです。巨大で獰猛な野獣の生態や危険に満ちた狩猟の様子が描かれた作品です。

 ベラルーシという国家は昔からあったわけではありません。現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシにまたがる東スラヴ系の民族(ルーシ人)は古くからこの地域に居住しており、中世には今のウクライナのキーウ(キエフ)を中心としたキエフ・ルーシという国家が成立していました。ところがバルト系のリトアニア人が現在のベラルーシ全土とウクライナやロシアの一部まで征服してリトアニア大公国を築きます。しかしこの国家ではリトアニア語ではなく、既にキリスト教(ギリシア正教会)を受容して文字体系を有していた東スラヴの言語の方が公用語として使われるようになったこともあり、現在のベラルーシではリトアニア大公国が事実上のベラルーシ国家だったと考える歴史家もいます。さらにリトアニア大公国は隣接するポーランド王国と共通の君主を持つようになり(同君連合)、次第にポーランド文化の影響が大きくなっていきます。フッソウィアヌスが活躍した時代のベラルーシの領域はリトアニア大公国に属しており、しかしそのリトアニアはポーランドの支配下に入りつつあるという複雑な重層関係の中にありました。

 フッソウィアヌスはラテン語でしか著作を残しておらず、母語が何であったかはわかりません。『バイソンの歌』の中で詩の語り手はリトアニア大公国の森で育った狩人の息子であると自己紹介しています。詩人の名前Hussovianusは恐らく出身地を示しているはずですが、似たような地名(例えばUssaやHusow)は現代のベラルーシにもリトアニアにもポーランドにも見出すことができます。最近の研究ではポーランド南東部出身の聖職者で公証人でもあったフッソフスキという人物がフッソウィアヌスだという説が有力です。この場合、森の狩人の息子という設定は『バイソンの歌』の描写の信憑性を高めるための詩的な約束事だということになります。ベラルーシだけでなく、ポーランドやリトアニアでもこのユニークなラテン語詩人は自国の文学史に書き込まれる傾向が見られますが、近代の国民国家的な視点からフッソウィアヌスが何人であったのかと問うことは、学問としてはあまり生産性があるとは思えません。それでもベラルーシにはこの詩人と作品への特別な思い入れがあるようです。

 バイソンはベラルーシとポーランドの国境をまたがるビャウォヴィエジャ原生林に最後の野生の集団が生き残っていましたが、ロシア革命と第一次大戦の混乱期にいったん絶滅してしまいます。しかしヨーロッパ各地の動物園で飼育されていた個体を繁殖させて、ビャウォヴィエジャの森にバイソンの群れが復活しました。現在のベラルーシ地域は、18世紀末の列強によるポーランド分割によってロシア帝国に併合されて、その後はソビエト連邦の一部となり、1991年にようやく独立国となりました。ベラルーシ語はポーランド語やロシア語の影響下にあって、「国民の言語」としての発展は妨げられてきました(ウクライナ語も似たような運命をたどっています)。現代のベラルーシ人がフッソウィアヌスの『バイソンの歌』を自分たちの文化のシンボルとして重視する要因のひとつに、種の絶滅という危機を生き残った野生動物への親近感があるように思われます。

 『バイソンの歌』の作者はベラルーシ語ではミコラ・フッソウスキ、リトアニア語でミカロユス・フソヴィアナス、ポーランド語でミコワイ・フッソフスキ、ロシア語でニコライ・グソフスキーと様々に呼ばれます。リンネの考案したラテン語の体系でヨーロッパバイソンがBison Bonasusと呼ばれるように、ラテン語の詩人名Nicolaus Hussovianusは混とんとした言語文化の森を私たちが探検する際の道しるべとなるでしょう。

(2026.3.24掲載)