所長挨拶

中世の夢

外国語教育研究センター所長 七字 眞明
(経済学部,ドイツ語)

 移動の自由が著しく制限されていた中世ヨーロッパにおいて、市民は町を取り囲む高い壁の内側で暮らしていました。壁の外側には深く広大な森がせまり、ひとたびそこに立ち入れば狼が現われ、魔女が登場し、お菓子の家が出現するという空想の世界がそこには広がっていました。しかし、そのような非日常的な異界の脅威にもひるむことなく、森を抜け町から町へと歩を進める一群の人々がいました。それは、富を求めて先を急ぐ交易商人であり、最高の技を追求してマイスターを訪ね歩く徒弟職人であり、そして理想の「知」を追究し、「師」を探し求めて各地の大学を訪ね歩く学生たちでした。このような中世の伝統は現在でもドイツの大学に受け継がれ、一部制約はあるものの、原則として学生は自らが求める「知」と「師」を探し求めながら、自由に大学を移り変わっていきます。
 世界中のどこからでも情報を発信することが可能となった今日、学生はまた世界各国の大学を移動し始めました。義塾の一部の学部では既にダブルディグリー制度が導入され、また義塾を訪れた外国人留学生が塾交換留学制度を利用してさらに第三国へ留学するといったケースも現実に生じています。義塾に学ぶすべての者が、中世ヨーロッパの学生たちが夢見たように、自らの理想とする「知」とその「知」を授けてくれる「師」を求めて世界を駆け巡るという状況こそ、大学の真のグローバルなあり方と言えるのではないかと思います。
 そのような夢を現実のものとするため、慶應義塾大学外国語教育研究センターはこれからの外国語教育のあり方を調査研究し、その成果を義塾という実践の場において提案し続けていきたいと考えています。