複言語のすすめ

マレー・インドネシア語の極意とすすめ

野中 葉(総合政策学部,インドネシア語)

 私が教えているSFC(湘南藤沢キャンパス)は、言語教育をカリキュラムの重要な柱の一つに据えている。学生たちは、11の言語の中から自分の関心や研究の必要に合わせ選択し、集中的に、また横断的に言語を学ぶことができる。その中の一つに、私が教えるマレー・インドネシア語もある。英語も含め11の言語にカリキュラム上のヒエラルキーがないのが大きな特徴だが、マレー・インドネシア語は、学生たちには、「マイナー言語」とか「特殊言語」とか呼ばれることが多い。ここには、他の大学ではなかなか学べない"SFCならではの言語"というプラスの意味も込められていると、担当教員としては好意的に解釈している。しかも、外国語教育研究センターの特設科目(三田)や公開講座 慶應外語では、インドネシア語を学ぶことができる。今回、せっかくの機会をいただいたので、自分の教えるこの言語の擁護と宣伝をしてみたい。
 マレー・インドネシア語は、東南アジアの島しょ部に位置するマレーシアやインドネシアを中心とする地域で使われている言語であり、マレーシアではマレーシア語、インドネシアではインドネシア語と、また、ブルネイやシンガポールではマレー語と呼ばれ、広く話されている。歴史的には、前近代、東西交易の要衝だったマラッカ海峡周辺を中心とする一帯で、異なる母語を持つ人たちの交易のための共通言語として使われていたのがマレー語であり、20世紀半ば以降、マレーシアやインドネシアなど、それぞれが国民国家として独立する際に、国語あるいは公用語として採用されたのだ。母語話者と第二言語話者を合わせた話者人口は、約3億人に上ると言われ、この数を見れば、「マイナー言語」どころか、むしろ世界レベルでメジャーな言語のひとつだと言っても良いだろう。インドネシア語もマレーシア語も、前近代から使われていたマレー語を起源に持つのだから、文法構造に大きな違いはなく、当然、お互いの話者は意思疎通が可能であるが、国民国家成立以降、異なる言語政策や文化背景の中で整備され、発展した結果、語彙や綴りなどで様々な違いもある。
 マレー・インドネシア語を謳ってはいるものの、実際に、現在、SFCで主に教えているのはインドネシアで話されているインドネシア語である。以下は、インドネシアの言語状況と、インドネシア語の特徴をお伝えしよう。
 このインドネシア語は独立に際し、国語として採用されたが、各地には、各エスニックグループが話す個別の言語が存在する。地方語と呼ばれるこうした言語は、インドネシア全体で600以上にものぼる。人々は家庭で地方語を話しながら、学校教育やメディアを通じ、インドネシア語を習得する。その意味で、多くの人にとってインドネシア語は第二言語である。現在では、特に人々の往来が盛んな都市部では、家庭でも、日常生活の中でも、地方語でなく、インドネシア語の使用率が圧倒的に高まっているものの、各地で地方語を守ろうとする政策や文化人たちの動きも広がっている。インドネシアは今に至るまで、多層な言語社会であり、複言語主義を体現した社会なのだ。
 以前から交易上の共通言語として発展し、多民族に用いられたことも影響し、インドネシア語の文法はいたってシンプル、アルファベット表記で、発音もローマ字読みでほぼ通じる。基本的な語順は、英語と同じく主語+動詞+目的語で、時制は存在せず、動詞の語形が主語の人称で変化せず、代名詞の格変化もない。初習者にはとても学びやすい言語だといえる。これを機に、インドネシア語に、また外国語教育研究センターのインドネシア語やSFCのマレー・インドネシア語の講義に、少しでも関心を持ってくれる人が増えることを願っている。

(2021.9.7掲載)