複言語のすすめ

母語から自由になるということ

金 景彩(外国語教育研究センター, 朝鮮語)

 「母語を使うことの苦しみ」を、現代に生きる韓国人、日本人はなかなか感じることがないかもしれません。戦後の韓国を代表する詩人、金洙暎(キム・スヨン、1921-1968)は、1961年2月10日に残した日記の中で次のようにつぶやいていました。


    今 僕ハ コノ 僕ノ部屋ニ居リナガラ 何處カ 遠イトコロヲ 旅行シテイルヤウナ 気ガ スルシ, 郷愁トモ 死トモ 分別ノ ツカナイモノノナカニ 生キテヰル. 或ハ 日本語ノナカニ 生キテイルノカモ 知レナイ.

──「일기초 2──1960. 6~1961.5.」『김수영 전집2』ソウル:민음사、727頁


 漢字とカタカナ、韓国語式の分かち書きが奇妙に混ざっているこの日記は、金洙暎自身がその下に韓国語訳をつけています。自分の内面の記録であろう日記ですら、「母語」に「翻訳」しなければならなかった詩人の苦悩がよく表れている文章です。金洙暎は、自らの言語能力に非常に敏感であった詩人として知られています。彼のように、植民地支配下の朝鮮で日本語教育を受け、50〜60年代の韓国の知識界で活躍するようになる若手知識人を、韓国では「戦後世代」と称します。


 朝鮮半島は、1910年から1945年8月15日まで、日本による植民地支配を受けていました。植民地末期の1930年代〜1940年代には、学校での朝鮮語使用が禁じられ、この時期に学校教育を受けた朝鮮の人々は、日常の中では朝鮮語を使いつづけていましたが、学校では日本語を「国語」として学ぶことになります。植民地支配から解放されると、朝鮮半島では「朝鮮語を取り戻す」ことが唱えられ、日本語の存在を想起させてしまう漢字や縦書きが廃止され、朝鮮語は新たな国・大韓民国の「国語」=韓国語になります。皆さんがさまざまなメディアで出会っているはずの、ハングルだけで書かれた横書きの韓国語は、この時期から定着し始めたのです。日本語や、日本語から影響を受けた韓国語表現を排除し、純粋な韓国語を使おうとする動きは、現在にまで続いています。


 ただ、歴史が変わり、朝鮮がもはや日本の植民地ではなく韓国になったとしても、個人が経験した出来事や、身体に刻まれた習慣・感性が、すっかり消え去るわけではありません。韓国における戦後世代は、国から強いられる新しい国語としての朝鮮語と、すでに身につけた日本語の間で苦しむことになります。学校で学んだことのない韓国語を正しく書くことは決して簡単ではなく、「国語を使うことへの恐怖」を語る人も少なくありませんでした。特に、言語を正確に、美しく使いこなし、創作をしなければならない小説家や詩人であれば、このような状況を一層大きな不安のなかで経験したに違いありません。さらにことを難しくしたのは、母語を使うことに苦しみを感じていた彼らが、では日本語ネイティブのように日本語を使いこなせていたのかというと、必ずしもそうではなかったということです。つまり彼らは、不完全な韓国語、不完全な日本語の間を生きていたのです。


 「外国語」は、国や民族を単位にして考えられがちですが、実は個々人の言語には、国や民族できれいに区切ることのできない複雑な歴史的経験が刻まれています。幼少期は朝鮮語を使う環境で育ち、学校では日本語で教育を受け、好きな本も日本語で読んでいたけれど、植民地解放後は韓国語のみを使用しなければならない状況に置かれた韓国の戦後世代からすれば、韓国人が使う正しい韓国語、日本人が使う正しい日本語といったものは、とても窮屈で、そんな言語が存在するなんて本気では信じられないもの、机上の空論のようなものだったでしょう。


 戦後世代に属する人々の中には、自主的に学習会に参加したり、独学で勉強したりして、韓国語を少しでも正しく使おうと努力する人もいました。しかし、彼らが言語を使いながら感じたであろうもやもや感は、韓国語、日本語のいずれかを選択し、自由自在に使えるようになろうとするだけで簡単に解消できるものではありません。皆さんもこれまでの経験の中で感じてきたように、不完全な言語能力を完全なものにする(外国語を完璧に使いこなせるようになる)ことは、不可能に近いからです。


 金洙暎に話を戻すと、彼は不完全な言語を次のような言葉で肯定します。


    나는 한국말이 서투른 탓도 있고 신경질이 심해서 원고 한 장을 쓰려면 한글 사전을 최소한 두서너 번은 들추어보는데, 그동안에 생각을 가다듬는 이득도 있지만 생각이 새어나가는 손실도 많다. 그러나 시인은 이득보다도 손실을 사랑한다.
 (私は韓国語が下手で、神経質だから、原稿一枚を書き上げようとすると、ハングル辞典を二、三回はめくってみる。その間に考えを整えられるのはお得だが、考えたことが逃げてしまうという損失もある。ただ、詩人は利得よりも損失を愛する。)

──「시작 노트4」『김수영 전집2』441頁


    모든 과오는 좋다. 나는 시 속의 모든 과오를 사랑한다. 과오는 최고의 상상이다.(......)모든 언어는 과오다. 나는 시 속의 모든 과오인 언어를 사랑한다. 언어는 최고의 상상이다.
 (すべての過ちは良い。私は詩の中のあらゆる過ちを愛する。過ちは最高の想像だ。(......)すべての言語は過ちだ。私は詩の中のあらゆる過ちとしての言語を愛する。言語は最高の想像だ。)

──「가장 아름다운 우리말 열 개」『김수영 전집2』373-374頁


 言語は本来不完全なもので、その不完全さこそ自由な想像の条件であるという考えです。不完全な言語によって生じる損失、過ちを愛することで、金洙暎は自らの言語に刻まれた歴史的な経験を受け入れます。おそらくそれは、自分だけではなく、他者の言語に刻まれた歴史にも耳を傾けて、それを肯定し、それと共に生きることにもつながるでしょう。
 正しい日本語と正しい韓国語の間に無数に存在する「正しくない言語」のどこかで、自分のことをやっと語れる新しい言葉がみつかるかもしれません。韓国語を学ぶことがそのような経験になることを期待しています。

(2023.9.25掲載)